2006年09月24 日 Sun
2006年の山行き
2006年9月23日 美女平〜八郎坂

七月末、もはや一人で登山するのは心細いので、家内に話を持ちかけて新穂高ロープウエー終点(鍋平)から西穂高山荘までを森林浴のつもりで歩いた。かつて通った道だが、初めて歩く家内は難なく踏破したのに、私はかろうじて付いていく始末。家内の方が強いことを発見した。次に八月十四日、称名滝八郎坂から弥陀ケ原を一日で往復。当初の予定である八郎坂登頂をはるかに越え弥陀ケ原ホテルまでを往復、私の心配をよそに女房殿はたんたんと登った。
そして三度目は秋分の日,美女平から坂ヘの往復。休憩を含み七時間、霧の中をひたすら巡礼者のごとく歩く旅だった。 誰が開いた道なのか先人の力にただただ感心するのみで、郷土にすばらしい巡礼の道を発見した思いがした。観光バスで山頂直下まで行ける時代にかかわらず、ほとんど木道で整備されていることに驚いたが、通行者が少なく木道がこけむしており、公共事業抑制の時代でいずれ朽ち果てる日が来るのかと思うと惜しい気もした= 先人の開いた道が多くの人が通ることで、いつまでも残ることを願わずにはおれない。私は下山半ばにこけむした木道で転倒し、予定の材木坂下山をあきらめケーブルカーで下りた。またいつか材木坂を登るという宿題を得たと思った。老齢期に入り夫婦二人で頂上を目指さない巡礼登山に開眼した。

http://skusabue.web.fc2.com/bijyo.html
2006年8月14日 八郎坂〜弥陀ヶ原ホテル
昨年の上高地上流のわずかな登山道であったけれど清々しいウォーキング、彼女の体力も問題なし、と言う事で八郎坂を登ってみよう提案した。当初の予定である八郎坂登頂をはるかに越え弥陀ケ原ホテルまで歩いた。私の心配をよそに彼女は、たん々と登った。私以上に健脚である。称名ー弥陀ヶ原ホテル往復日帰りの旅も快調であった。

http://skusabue.web.fc2.com/hatiro.html
2006年7月31日 西穂高小屋
七月末、もはや一人で登山するのは心細いので、家内に話を持ちかけて新穂高ロープウエー終点(鍋平、しらかば平)から西穂高山荘までを森林浴のつもりで歩いた。かつて登山した経験のある道だが、初めて歩く家内は難なく登るのに、私はかろうじて付いていく始末。家内の方が強いことを発見した。登山道はシラビソの木が多い林間コースです。徐々に傾斜が急になり、山荘から1時間半から2時間で西穂山荘の山小屋のある稜線に出ます。上高地に約2時間で下る道もあります。新穂高に車を置き上高地にくだりテントを張ってまた登ってきた記憶があります。今はとてもできませんが。奥穂高岳から西穂高岳の縦走は何十年経った今も忘れません。でも今回は此処まで。

http://skusabue.web.fc2.com/nishiho.html
2005年8月11日 上高地上流散策
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登山はいやだけどウオーキングなら行きたいと言う妻と観光客の少ない上高地上流の登山道を散策した。横尾あたりまで行きたい所であったが日帰りでは無理、徳沢から上流の新村橋を渡り工事用道路を歩いて河童橋まで歩いた。新村橋を渡れば前穂高東壁(井上靖の小説氷壁の舞台。渡らず進むと涸沢、槍ヶ岳へと進む

http://skusabue.web.fc2.com/kouti.html

七月末、もはや一人で登山するのは心細いので、家内に話を持ちかけて新穂高ロープウエー終点(鍋平)から西穂高山荘までを森林浴のつもりで歩いた。かつて通った道だが、初めて歩く家内は難なく踏破したのに、私はかろうじて付いていく始末。家内の方が強いことを発見した。次に八月十四日、称名滝八郎坂から弥陀ケ原を一日で往復。当初の予定である八郎坂登頂をはるかに越え弥陀ケ原ホテルまでを往復、私の心配をよそに女房殿はたんたんと登った。
そして三度目は秋分の日,美女平から坂ヘの往復。休憩を含み七時間、霧の中をひたすら巡礼者のごとく歩く旅だった。 誰が開いた道なのか先人の力にただただ感心するのみで、郷土にすばらしい巡礼の道を発見した思いがした。観光バスで山頂直下まで行ける時代にかかわらず、ほとんど木道で整備されていることに驚いたが、通行者が少なく木道がこけむしており、公共事業抑制の時代でいずれ朽ち果てる日が来るのかと思うと惜しい気もした= 先人の開いた道が多くの人が通ることで、いつまでも残ることを願わずにはおれない。私は下山半ばにこけむした木道で転倒し、予定の材木坂下山をあきらめケーブルカーで下りた。またいつか材木坂を登るという宿題を得たと思った。老齢期に入り夫婦二人で頂上を目指さない巡礼登山に開眼した。

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2006年8月14日 八郎坂〜弥陀ヶ原ホテル
昨年の上高地上流のわずかな登山道であったけれど清々しいウォーキング、彼女の体力も問題なし、と言う事で八郎坂を登ってみよう提案した。当初の予定である八郎坂登頂をはるかに越え弥陀ケ原ホテルまで歩いた。私の心配をよそに彼女は、たん々と登った。私以上に健脚である。称名ー弥陀ヶ原ホテル往復日帰りの旅も快調であった。

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2006年7月31日 西穂高小屋
七月末、もはや一人で登山するのは心細いので、家内に話を持ちかけて新穂高ロープウエー終点(鍋平、しらかば平)から西穂高山荘までを森林浴のつもりで歩いた。かつて登山した経験のある道だが、初めて歩く家内は難なく登るのに、私はかろうじて付いていく始末。家内の方が強いことを発見した。登山道はシラビソの木が多い林間コースです。徐々に傾斜が急になり、山荘から1時間半から2時間で西穂山荘の山小屋のある稜線に出ます。上高地に約2時間で下る道もあります。新穂高に車を置き上高地にくだりテントを張ってまた登ってきた記憶があります。今はとてもできませんが。奥穂高岳から西穂高岳の縦走は何十年経った今も忘れません。でも今回は此処まで。

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2005年8月11日 上高地上流散策
>登山はいやだけどウオーキングなら行きたいと言う妻と観光客の少ない上高地上流の登山道を散策した。横尾あたりまで行きたい所であったが日帰りでは無理、徳沢から上流の新村橋を渡り工事用道路を歩いて河童橋まで歩いた。新村橋を渡れば前穂高東壁(井上靖の小説氷壁の舞台。渡らず進むと涸沢、槍ヶ岳へと進む

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